教員という仕事は感情労働2.0

感情労働2.0
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こんにちは。
burikoです。

令和元年もあと少しで終わり。
令和になる瞬間は、「時代が変わるぞ!」みたいな雰囲気がすごかったですが、時期が経つとそんな盛り上がりも落ち着きをみせます。

 

普段生活している中で実感することは少ないかもしれませんが、時代は確実に変化しています。

 

教員という仕事にも同じことが言えます。
教員としてやるべき仕事は昔から変わっていないようにみえますが、その中身は変化しています。

 

私が大きく変化していると感じていること。
それは、教員という仕事は『感情労働』の側面が強くなっていることです。

 

今っぽくいうと『感情労働2.0』と呼べるのではないかと!!

 

今回は私がなぜ教員という仕事が感情労働2.0だと思っているかを書き綴ります。

 

感情労働とは何か。

 

『感情労働』という言葉をご存知でしょうか。
Wikipediaによると、『感情労働』は以下のように定義されています。

 

感情労働(かんじょうろうどう、英: Emotional labor)とは、感情が労働内容の不可欠な要素であり、かつ適切・不適切な感情がルール化されている労働のこと。肉体や頭脳だけでなく「感情の抑制や鈍麻、緊張、忍耐などが絶対的に必要」である労働を意味する。
wikipedia:感情労働

 

私の独断で簡潔にまとめさせてただくと、

 

感情労働=相手に対して自分の感情を抑える必要がある業務が主となる労働

 

ということになるのでしょうか。(間違っていたらすいません)

 

感情労働の認識がまだ浅いころは、客室乗務員が典型として挙げられていたそうですが、現在は看護師等の医療職や介護職、企業の広報担当や電話オペレーター等も感情労働として認知されているそうです。

 

私個人としては、自分の感情を抑えて業務にあたることは、どんな仕事でも必要なことではないかと感じています。

 

仕事はみな感情労働の部分がどこかしらにあるかもしれません!!

 

教員の仕事とは何か。

 

私は「教員の仕事って何ですか?」と聞かれると、少し困ってしまいます。

 

授業だけしているわけじゃないし、生徒指導・生徒指導としていろんな話をしたり聴いたりしているし、外部の団体と連携して行事(イベント)を企画したりしているし、営業みたいなこともしているし・・・

 

言語化できない自分が情けないのですが、作家のエージェント会社コルクの代表佐渡島庸平さんのnoteにこんなことが書いてありました。

教師の役割は2点ある。

知識の移転と感情労働。

■週刊|編集者佐渡島の好きのおすそ分け

 

Σ(・□・;)!!

これだーーーー!!!

 

教員の役割は『知識の移転』と『感情労働』。
現在進行形教員の私は強く共感しています。

 

担当する授業は『知識の移転』。
生徒指導・進路指導は『感情労働』。

これが教員の仕事です。

 

『知識の移転』は先生だけのものではない。

 

教員の役割の1つである『知識の移転』。
担当する授業がこれにあたります。

 

教員免許を取得する過程の中で、教育実習を行うことは必須です。
実際に授業を任され、事前準備とフィードバックを担当教員と行います。
教員採用試験でも、『模擬授業』と呼ばれる授業の一部を採用側に見てもらうこともあります。
「授業は教師の命」なんて言葉もどこかで聞いたことがあります。

 

それだけ、授業は教員にとって大切とされています。

 

しかし!
『知識の移転』としての授業の力は弱くなってきているように感じます。

 

昔は先生が教えてくれないと学ぶことが難しい世の中でしたが、今は様々なツールが充実しています。

 

例えば、YouTube。
2次関数を勉強したいなと思って検索すると、いろいろな人が上げている講義の動画が出てきます。
専門の先生が教えてくれるオンラインのサービスもいっぱいあります。

 

今は、学校の先生に頼らなくても、様々なツールを利用して学べるのです!

 

こんな世の中に合わせて、学校の授業として工夫できることは多々あります。
ここで意識しておかなければならないのは、

 

『知識の移転』は学校の先生だけのものではなくなった!

 

ということです。

 

授業さえしっかりやってれば教員として成り立つ時代は終了です(TOT)

 

教員の仕事は感情労働

 

教員の役割の2つ目である『感情労働』。

 

まず、自分のこれまでのことを振り返ってみます。

 

教員はやっぱり感情労働でした。

 

教員として自分の感情を抑える場面は、仕事をする上で必ず求められます。

 

わかりやすいのは、度々メディアで話題になる生徒への体罰問題です。
これは、『感情労働』としてうまくいかなかったケースです。

 

生徒の話を聞くだけでも、『感情労働』的な部分があります。
児童・生徒の想いを受け止める場面は様々なところでありますが、かなり感情が揺さぶられます。

 

例えば、「なんでこんなこと勉強しなきゃいけないんですか?」と聞かれるとします。
純粋な疑問として言われたら一緒に考える必要があります。
しかし、勉強していることが分からないしやりたくないという気持ちから上記の質問を投げかけてくる子もいます。
こちらがそれを察しつつ答えても「そんなこと言われてもわかんないし、そもそも別に知りたくないし。」的な返しを受けたりします。

 

進路相談として生徒の話を聴いているとき。
「仕事ってつまらなそうだし、とりあえず何にもしなくないですねー。」
こんな考えをこちらにぶつけてくる子もいます。

 

それぞれの子の価値観をこちらにぶつけてきますが、それが数多く連続で当てられると、かなり感情が揺さぶられます。

 

児童・生徒に「子どもみたいなこと言ってんじゃねぇ!」と言いたくなるという、自分でもバカだなと感じる感情が出てきたりするのです。

 

私は子どもたちの話を聴いて、一緒に考えなければいけないとき、大切にしているイメージがあります。

 

自分を『透明』だとイメージしています。
これは、自分の価値観、先入観みたいなものをゼロにしようとしているのです。

 

このようなことを考えると、やっぱり教員は『感情労働』だと思います。

 

教員は感情労働2.0

 

『感情労働』にも色々あると思いますが、教員って他の職業とはちょっと違う『感情労働』じゃないかと感じています。

 

『感情労働』の代表格である客室乗務員。

 

何かトラブルがあればそれを解決し、お客様のことを考えてサービスに徹する。
自分の想いよりもお客様全体のことを優先する必要があります。

 

それに対して、教員はどうでしょうか。

 

トラブルがあれば感情を抑えつつ解決することは同じです。
しかし、自分の想いより相手のことを優先することが大切でない場合が教員にはあります。
自分が大切だと思うことは、思いっきり感情を表に出して伝えた方が良いです。

 

例えば、勉強つまらないと言われても、「そんなことねぇ!絶対楽しいんだ!」と感情を爆発させながら授業した方が生徒の心を揺さぶれるはずです。

 

感情を抑える場面と、感情を持って自分の想いを伝える場面があるのが教員の『感情労働』です。

 


どの先生も同じ想いで動いてたら学校はちょーつまらなくなると思います。
いろんな考え方の先生がいるから、学校で学ぶ意味があります。
でも、どこかのラインは教員として一緒にしなくてはいけなくて、みんな同じように感情を抑えなくてはいけないです。

 

感情を抑えたり、抑えなかったり。
これを使い分けていく必要が教員にはあるのです。

 

これって、感情労働2.0と呼べるのではないでしょうか。

 

これから教員を目指す人へ

 

私は、教員という仕事は『感情労働』であることに今気付きました。
教員になろうと考えていたときは『知識の移転』がすべての役割だと思っていました。

 

今、教員をしていて思います。

 

6:4で感情労働の比重が大きいです。
いや、7:3かも。

 

教員免許を取る課程では、どうしても『知識の移転』について考える場面が多いです。
自分でイメージしやすいし、練習もできるからです。

 

『感情労働』の練習なんかできないし、やってみて学んでいくこともいっぱいあります。

 

それでも、私はこれから教員になる方は『感情労働2.0』だということを知っておいて欲しいです。
『感情労働』であることを覚悟しているのとしていないのでは、大きく違いがあるはずです。

 

前の方で感情が揺さぶられると書きましたが、いい意味でも悪い意味でもあります。
本当に簡単な仕事ではないなと書きながら再認識しています。

 

これから教員になろうと考えている方に、「教員は感情労働」ということが伝わっていると幸いです!

 

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