哲学に興味を持って1ヶ月経った私の変化。

哲学
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こんにちは。

burikoです。

 

私、いまものすごくハマっているものがあります。

それは『哲学』です!

 

「いま、哲学にハマってるんですー。」

 

人にこう伝えると、かなりの確率で「えっ!?なんか悩んでるの!?」と言われます。

 

 

別に、悩んでねぇ!!( ゚д゚)

 

いや、ウソかもしれない・・・

悩んでいたのかもしれません。

 

『哲学』の世界に魅せられてまだ1ヶ月しか経っていませんが、今回は『哲学』を学ぼうと思ったきっかけから、いま何が変わったのかを書き綴りたいと思います。

 

哲学に興味を持ったきっかけ

 

「これが正解というものはない。」

「正解は、人それぞれ。」

 

今の時代、上記のようなことがよく言われます。

これを聞くと、私は少し迷ってしまいます。

 

「正解が人それぞれなら、私は教員として生徒に何を伝えればいいんだ!?」

 

これまで教員をしていて、生徒に正解を教えようと思っていたわけではありません。

色々なことを一緒に考えて答えを出していこうという意識でやっていました。

しかし、「正解は複数ある」という風潮が高まったいま、急に生徒に何を伝えたらいいのかわからなくなってしまったのです。

 

「私はこう信じているけど、でも実はこれ間違っているんじゃないか。」

「私が思っている事を伝え続けることって、生徒に自分の考えを押し付けているだけ・・・?」

 

完全に迷走してしまっています。

そんなとき、『哲学』を勉強しようと思えました。

人がこれまで何を考えて生きてきたのか知りたくなったのです。

 

「哲学っておもしろい!」と思わせてくれたエピソード

 

私が『哲学』を知りたいと思ったきっかけは、「人それぞれだよ。」という考え方です。

 

ある本を手にしたとき、私にとって衝撃の言葉が目に飛び込んできました。

 

”今は『人それぞれ』という考え方が広まっているけど、これってもう紀元前に考えてたことなんだよ。”

 

 

マジデΣ(・□・;)!

 

 

『人それぞれ』は現代がたどり着いた考え方だと思っていました。

でもそんなことはなくて、大昔の人がもうすでに考えていたことだというのです。

すごくないですか?

このエピソードを聞いて、私は完全に哲学に魅せられた者の1人となってしまいました。

 

プロタゴラスの『相対主義』

 

紀元前のギリシャに、プロタゴラスという哲学者がいました。

彼は「人間は万物の尺度である」という言葉で知られ、相対主義(いわゆる「人それぞれ」という考え方)を持っていました。

彼はなぜ相対主義を考えたのか。

その理由がとても秀逸でした。

 

『相対主義』が生まれた理由が納得せざるを得ない

 

『相対主義』が生まれた背景には、人間の生活そのものが大きく関わっています。

 

その昔、人間はすごく小さな村を作り、生活していました。

そして、その時代にはわからないことがいっぱいありました。

 

例えば、地震。

今はプレートがずれたり割れたりして大地が揺れるをか科学的にわかりきっています。

しかし、当時はなぜたまに地面が揺れるのかわかっていません。

わからないままにしておくのは不安なので、人々は「世の中のよくわからないことを神話にして納得する」方法をとっていました。

 

先ほど例に出した地震も、「この揺れは、地底に住む大きな竜がケンカしてるせい」みたいなエピソードとして納得していたのです。

地震が起こるたびに「あーら!また地底の竜がケンカしてるわー。」みたいに話していたのかもしれません。

 

時が経ち、人間はそれぞれの村を合併して都市を形成するようになります。

今まで違う村だった人々と一緒に生活するようになるのです。

そしてある日、地震が起きました。

 

Aさん「あー。また地底の竜がケンカしてるわー。」

Bさん「えっ?地底の竜?この揺れって地底の神様が悪魔を倒すためにぶん殴ってるからでしょ?」

Cさん「えっ?違うよ!地底に住む巨人が寝返り打ったんでしょ?」

一同「・・・あれ?神話ってみんな一緒じゃねぇの?」

 

このように人々が集まって暮らすようになり、それぞれが信じていた神話の内容が違うことに気づいたのです。

こういった時代を流れをベースに、「それぞれが正しいと思っていることが違うことなんてよくあるし、視点を変えればなんとでも言えちゃうよね。」ということで『相対主義』が生まれました。

 

素晴らしい。

なんて秀逸な理由なのでしょう。

 

私がしっくりきた「哲学ってなに?」の答え

 

哲学を勉強し始めたとき、「そもそも哲学ってなんだ?」とずっと思っていました。

この問いのよくある答えは以下のものです。

『哲学』は英語でphilosophy

もともとはギリシャ語で、『sophy』は『愛する』、『philo』は『知』という意味で、philosophyは『知を愛する』という意味です。

 

『知を愛する』・・・

 

これがもう哲学っぽくてわからん!

 

私がしっくりきた答えは以下のものです。

 

『哲学』は別の言葉で『metaphysics』とも呼ばれます。

『meta』は『上位のもの』、『physics』は『物質的なもの』と言う意味で、『metaphysics』は『物質的なものを超えたもの』という意味です。

つまり、哲学はジャガイモとかシャーペンとかモノを考えるのではなく、「幸せ」とか「正義」のような形のないものを考えることです。

参考:飲茶の最強!のニーチェ@飲茶

 

どうでしょうか。

私はこの説明がとてもしっくりきました。

 

哲学を知ると何が変わったのか。

 

友達に「哲学を勉強すると何が変わるの?」と聞かれました。

これは私も最初気になっているところでした。

哲学に興味を持ってまだ1ヶ月しか経っていないですが、これまでの私なりの変化をお伝えします。

 

「自分が大切にしたいと思えることをしっかり持とう!」

 

このような気持ちにすごくなりました。

 

哲学を勉強しても、今ある悩みが解消されるわけではありません。

むしろ、その悩みがどういうものかより明確になることもある気がします。

いろんな悩みや課題が劇的に解消するようなことはないと思います。

それよりも、もっと自分の想いがどういうものか考えて、その形をはっきりさせたいと思えます。

抽象的なものをどう捉えていくかを色々な哲学者から教えてもらえるので、自分の哲学みたいなものを形にしたくなるのです。

この想いが、毎日をちょっと前向きにしてくれます。

 

悩みは尽きないけど、その捉え方は変わってきました。

これからは気になった人や考え方を勉強していって、自分の哲学を作り上げていきたいと思っています。

ものすごく浅く伝えると、哲学って、めちゃくちゃ楽しいです。

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