【優しさとは何か?】優しい人は急にいなくなる。

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こんにちは。

burikoです。

 

これから、「優しさとは何か?」について書きます。

途中、自分で言うのも烏滸がましい件があるかもしれません。

不快にさせてしまったら、本当にごめんなさい。

 

でも、今、私が心の底から思っていることを、しっかり書き綴ります。

 

「優しい」と「縁を切る」

 

私は「優しいですね」とよく言われる。

自分でも、そう思っている。

 

「他人に、いかに優しくできるか」を心がけて、行動をしてきた。

苦手な人や嫌な人がいても、優しく振る舞うことを心がけてきた。

 

「優しくしたい」と考えるのは、「平和でいたい」という想いがベースとなっている。

私は、嫌なムードが苦手で、できることなら常に穏やかでいたいと考えている。

だから、他人にはなるべく優しくありたい。

 

 

「優しいね」と言われる一方、こんなことも言われる。

 

 

「何かあったら、急に縁を切られそう」

 

 

why?

 

本当になぜこんなことを言われるか、わからない。

急に縁を切るなんて、できることならしたくない。

実際に、急に縁を切ることなんてないし!

 

一体、どういうことなんだ!?

 

でも、現実、「優しい」と同じくらい「急に縁を切りそう」と言われる。

「優しいですね」って言ってくれた人と話を続けていると、「急に縁を切りそう」と言われる流れもよくある。

 

 

「優しい」と「急に縁を切られる」って二律背反的なところがないですか?

 

 

ちょっと、自分の人生を振り返ってみます。

「急に縁を切ったこと」なんて、あったっけn・・・

 

 

あった。

 

 

 

急に縁を切った人、何人かいる。

 

 

「優しい人」は「急に縁を切る」ことはしないと考えていた。

私が本当に「優しい」のであれば、「急に縁を切る」なんてしないはずだ。

 

ということは、私が「優しい」という評価は、ウソなのか。

 

いや。私は「優しい」と本当に言われる。

では、「優しい人」は「急に縁を切る」のか。

 

「優しさ」について、考えてみる。

 

優しいって言われるとき

 

優しいと言われるときはどんなときか。

私は「自分よりも他人を優先したとき」だと考える。

 

例えば、電車でお年寄りに席を譲る行為。

自分が座りたいけど、お年寄りを優先している。

 

例えば、旅行でどこに行くか意見が割れたが、相手に譲る行為。

自分は行きたいところがあるけど、相手を考えを優先している。

 

職場でも「優しい」と感じる人は、様々な場面で自分より相手を優先している。

 

そんな場面をみたとき、人は「優しい」と感じる。

 

優しい人の心理

 

優しい人は「自分より他人を優先する」場合、どう考えているのか。

ここには、下記の2つのパターンがある。

 

①どうでもいい

仕方がない

 

①「どうでもいいこと」は譲る

 

優しい人は「どうでもいいゾーン」を持っている。

 

鬼滅の刃の主人公「竈門炭治郎」を考えてもらうのがわかりやすい。

仲間の猪之助は何かと「リーダーは俺だ」的なことを主張する。

炭治郎にとってそこはどうでもいいこと。

だから「わかった!」と言って猪之助の意見をすんなり受け入れるシーンがよく出てくる。

 

 

 

優しい人は、自分にとって「どうでもいいこと」が明確だ。

 

だから「あーそこはどうでもいいんで」と瞬時に判断し、相手を優先することができる。

 

②「仕方がない」と思える

 

優しい人は「仕方がない」と考えることができる。

 

生きていると、自分の思い通りにいかないことはたくさんある。

そんなとき、「仕方ないな」と思えることは優しさに繋がる。

 

思い通りにいかない場面で、感情的になる人がいる。

「それは絶対違うだろ」的な。

絶対違うなんてことはありえない。

物事は色々な角度からアプローチすると、違った答えにたどり着くもの。

だから「絶対に違う!」と感情的になると、自分の考えで正しい!という想いで頭がいっぱいになる。

 

思い通りにいかないとき、「仕方ないな」と感情にブレーキをかけることができることが重要だ。

そうすることで「相手を理解しようとする」余白ができて、それが優しさになる。

優しい人は、自分の考えを主張する前に「仕方ないな」と考えることができる。

 

優しさのベースにあるのは”我慢”

 

「どうでもいい」と「仕方がない」は優しさに繋がる。

この2つから発生する優しさのベースになっているのは”我慢”だ。

 

そう。

優しい人は”我慢”しているんだ。

 

 

”我慢”には限界がある。

 

”我慢”には、限界がある。

 

 

例えば、

ずっと自分の悪口を言ってきて、ずっと自分のお金を盗んでいて、ちょくちょく叩いてきたりするやつがいたとする。

いくら優しい人でも、そんなやつとずっと一緒にいない。

最初は笑って許してあげたりできるかもしれない。

なぜそんなことをするのか理解しようと、努力するだろう。

でも、限界はある。

 

優しい人に限界がきたとき、何が起こるのか。

それは、

その人の前から急にいなくなる行動をとる。

 

優しい人は、仕返しとかしない。

そんなことしても無意味だとわかっているから。

限界がきても「仕方ないな」と考える。

 

「仕方ないけど、限界だからもう終わりだな」

 

そう考えて、優しい人は急にいなくなるのだ。

こうやって優しい人は、急に縁を切ってくるのです。

 

まとめ

 

私は、優しさについて以下のように考えることができました。

・優しさは自分より他人を優先すること

・優しい人は「どうでもいいな」「仕方がない」と考えられる

・優しさのベースにあるのは”我慢”

・”我慢”には限界がある

・優しい人に限界がきたとき、「仕方がない」ので急にいなくなる

 

優しい人は急にいなくなる。

それはとても寂しいことだ。

 

優しい人にも限界があることを、覚えておこう。

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