【2020年総括】コロナで気付かされた学校の話

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こんにちは。

burikoです。

 

本日は2020.12.31。

今日で2020年が終わる。

2020は、かなり異質な1年だった。

コロナのせいで。

 

コロナのせいで、たくさんの大変な想いをした。

悲しい想いもした。

 

そんな中、これから先に繋がる”気付かされたこと”があった。

 

これまで当たり前に思っていて、ちゃんと考えたことがなかった学校のこと。

 

そんなことを中心に、私の2020を総括します。

 

平常点ってなんだよ。

 

コロナの影響で、全国の小学校〜高校は2月から5月まで一斉休校になった。

一部の学校はオンラインで授業を実施した。

多くの学校はそんな体制を作ることができなかった。

オンライン体制がない学校は、課題を各家庭に郵送した。

登校できない期間、子どもたちは課題に取り組むことにより学習の機会を保障された。

 

6月から分散登校が始まり、生徒が少しずつ学校に集まる。

子どもたちが向かい合ってのグループワーク禁止。

音楽の時間は歌ってはいけない。

なるべく距離を取る。

etc

感染症対策として色々配慮すべきことがあった。

 

 

なんだ、この学校生活は…

 

 

正直そう思った。

みんないるのに、1人で学校生活をさせているような感じだった。

 

1学期の終わり。

先生たちは”生徒がほとんど登校していない状態”で成績をつけた。

 

みなさん。

知ってますか?平常点って。

 

平常点とは、定期テスト以外の部分を点数化したもの。

例えば、出席点とか授業態度とか。

 

そのとき、私は痛感した。

 

 

平常点ってなんだよ!

 

 

コロナの影響でほぼ登校できなかった生徒たち。

こんな状況で平常点をつけることなんてできない。

というか、つける必要なんてないじゃないか!

平常じゃないときに、平常点って・・・。

 

そもそも、授業態度を点数化するってなんだよ!

私の授業は、毎回生徒の食い付かせることができる神授業じゃない。

それなのに「態度が悪りぃ」って生徒のせいにして、評価するのは違う気がする。

 

完璧な客観的評価なんて無理だけど、もっと違うカタチがあるはず。

よし。

これまでの平常点の付け方なんてやめちゃおう。

 

先生ってやっぱり忙しい

 

先生は忙しいと言われる。

私は「そんな言うほどかな。他の仕事も忙しいだろ」と考えていた。

 

でも、コロナになってその考えは変わった。

 

 

先生、めちゃくちゃ忙しい。

 

 

コロナ感染予防のために自宅待機する生徒への課題郵送。

コロナの影響による学校行事の見直し。

PCR検査を受けることになった生徒の状況を報告するための書類作成。

PCR検査を受けることになった生徒の保健所とのやりとり。

学校の消毒。

etc…

 

コロナの影響で、上記の仕事が増えた。

これらのことは、この状況であればやって当たり前のこと。

ただ、シンプルに勤務時間内で仕事が終わらない日が増えた。

 

コロナとの付き合いはまだまだ続く。

「今この状況であれば、忙しくてもしょうがないよね」で誤魔化すには、もう限界が来ているように感じる。

 

いま、先生たちは確実に忙しい。

 

問題なのは、コロナ関連の業務が増えたら、先生みんな忙しくなっちゃったことだ。

コロナ以前の段階で、先生の仕事はいっぱいいっぱいだったということ。

 

もう先生の仕事も分業するときだ。

個人の力ではどうすることもできない。

 

誰かに任せられることは、任せてしまおう。

先生がやるべきことを、みんなで見直そう。

 

色々な学校をつくろう!

 

学校は変わるべき。

 

コロナ以前にも言われていることだ。

コロナの影響で「おっ、なんか変わるかもしれない」というムードは高まった。

でも、今は多くの学校は、これまでの体制に戻っている。

 

なぜなのか。

それはコロナを経験して「やっぱ直接人と会えるっていいよね」ということが再評価されたからだ。

 

強制的に人と会えなくなった一斉休校。

それが明けて、みんなが学校に集まったとき多くの人が「やっぱこれだよな」と思ったのだ。

 

私もそう感じた。

人は集団の中で成長するものだと。

これまでやってきたことは間違いではなかったかもしれない。

 

でも、変わってもいい部分はあるはずだ。

私は「学校はもっと個性を出すべきだ」と思っている。

 

日本は大学を除き、公立学校に通う生徒が多い。

特色のある公立学校も存在するが、多くは私たち大人が経験してきた「あの学校」だ。

どこにいっても同じような教育を受けられることは素晴らしい。

でも、もう良い気がしてる。

そのベースは大人たちが獲得している。

学校に行かなくても、その辺りは大人たちが子どもに伝えられる。

 

これから必要なのは、子どもたちが学びたい環境を選択できることだ。

例えば、「個別最適化」されたカリキュラムを売りにする学校だったり。

フィンランドの学校のシステムをベースにした学校だったり。

校則も学校行事も生徒がすべて運営する学校だったり。

 

子どもたちは、みんな一緒じゃない。

それぞれが学びやすい環境がある。

 

私が「学校が変わって欲しい」と思うのは、同じような学校ばかりでなく、色んなタイプの学校が増えて欲しいという意味。

 

これって、先生側にもメリットがある。

「校則って大切だよな」と思っている先生と「校則なんて自由で良くない?」と思っている先生が同じ組織ではうまく機能しない。

だったら、それぞれ分かれて学校を作っちゃえばいい。

そこに集まる生徒と先生が一緒に学べばいい。

 

ただし。

どの学校も絶対教えなきゃいけないのは「他人を理解すること」だ。

自分たちが絶対正しいと思わせてはいけない。

私たち学校の先生が全力で伝えなきゃいけないのは、他人の考えを察知する力や、理解し続ける力だ。

 

コロナをきっかけに、こんな考えに到達できた2020でした。

また3ヶ月後くらいには考え方が変わっているかもしれません!

人は移ろいゆくものなので。

 

2020。

これまでとは全く別の、すごい1年でした。

ありがとう、2020。

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