”反省”より”共感”〜アドラー心理学による問題行動の5段階 〜

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こんにちは。

 

burikoです。

 

 

 

学校の先生には、様々な種類の仕事があります。

 

その1つに、生徒の”問題行動”に対応することがあります。

 

 

 

これって、現場に出る前には実際に経験することができないことです。

 

授業は教育実習で経験できるけど、生徒の”問題行動”に対応することは現場に出てからです。

 

私も、これまでの経験で学んだなと感じていて、まだ経験不足であることを不安に思うこともあります。

 

こう対応すればスムーズに対応できるというパターンがないので、かなり高度な能力が求められます。

 

 

 

私は、先生として生徒の”問題行動”に対応する能力不足を感じ、ちょっと悩んでしまうことがあります。

 

そんな時、「幸せになる勇気」を読んでいたら、”問題行動”がどういうものなのかが触れられていました!

 

 

すごくわかりやすい!

 

”問題行動”がどういうものなのか、ものすごく腑に落ちました。

 

今回はアドラー心理学から考える”問題行動”について書いてみます。

 

 

”問題行動”に対応するのがなぜ難しいのか

 

関西外国語大学教授の新井肇先生によると、”問題行動”を以下のように定義されています。

「問題行動」とは、社会規範(法律や規則、常識やマナーなど)に照らしたときに、何らかの好ましくない意味を持つ行動をさす言葉です。

「反社会的問題行動」(暴力行為・暴走行為・窃盗・恐喝・いじめなど、欲求不満や不安を社会に対して攻撃的な形で示すもの)と「非社会的問題行動」(不登校・ひきこもり・自傷行為・自殺など、不安やストレスを解消しようとする行動が自己の内面に向けられ、社会的不適応を起こすもの)とに大別されます。

出典:独立行政法人教職員支援機構HPより

 

 

多くの学校では、”問題行動”をしてしまった生徒に対して、以下の2点をポイントに対応しているのではないでしょうか。

 

①自分のしてしまったことを振り返り、どこが良くなかったか反省

 

②同じようなことをしないようにするにはどうするか考える

 

この2つのポイントはすごく大切です。

 

私も生徒に考えてほしいところなので、このポイントを踏まえて対応してきました。

 

 

 

しかし、すごく違和感があったり、ズレてる気がしてしまう時があります。

 

それは、あまりにも綺麗に反省して、今後どうするか考えを言える子がいた時です。

 

絵に描いたように素直に反省するので、『今後は気をつけろよ』的な感じになり、短時間で対応することは終わってしまいます。

 

しかし、そういった子がまた”問題行動”を起こすことがあります。

 

『あの反省の言葉はなんだったんだ?』という気持ちになります。

 

年齢が上になるほど、よりこういったケースが増える気がします。

 

高校生くらいになるとこっちが求めていることがわかるので、それに合わせることができます。

 

自分の考えを伝えても、先生とのやりとりが長引くのでめんどくさいと考えているかもしれません。

 

そりゃ、めんどくさいですよね。

 

よって、根本的なところは何も解消されないまま、対応が終わることってあります。

 

ここに”問題行動”を起こした生徒対応の難しさを感じます。

 

 

 

学校で先生が一生懸命諭そうとしても、変わろうとしない子がいます。

 

こんなとき、”馬を水辺に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない”という言葉が頭に浮かんでしまいます。
関連記事:先生の役割は楽しそうに騒ぐこと

 

また、私はそういった子を見ていると『なんのためにこんなことを・・・?』と感じます。

 

いくらこちらの想いを伝えても、明らかに流されているときがあります。

 

話していても手応えがなさすぎて、違和感を感じます。

 

「この違和感はなんだろう?」とずっと考えていて、今は以下のように考えています。

 

 

 

先生に”問題行動”について話をされている時点で、彼らの目的みたいなものは達成されているんだ!

だから、反省とかもうどうでもいいのかもしれない!

 

 

 

”問題行動”する目的って何なんだ!?

 

そんなときにアドラー心理学が教えてくれたのです!

 

 

アドラー心理学から考える問題行動の5つの段階

 

アドラー心理学のベースには、”目的論”というものがあります。

 

”目的論”は、どんな行動も”達成すべき目的”によって引き起こされるというものです。

 

そういった視点から”問題行動”を考えたとき、アドラー心理学では以下の5つの段階に分けて考えています。

 

  1. 称賛の要求
  2. 注目喚起
  3. 権力争い
  4. 復讐
  5. 無能の証明

 

それぞれの段階について、私が経験したケースと照らし合わせて考えていきます。

 

第1段階”称賛の要求”

 

この段階の目的は”ほめてもらうこと”です。

 

”ほめてもらうこと”で自分の居場所を創ることを目指しています。

 

”ほめてもらうこと”は良いことのように思えますが、アドラー心理学では問題行動と捉えています。

 

”ほめてもらうこと”が目的なので、いいことをしたいわけではないからです。

 

 

 

確かに!

 

 

 

称賛を得るためだけに行動していているので、良いことをしたとしてもほめるのは良くないそうです。

 

『ほめてやればいいじゃない!』と私は思いましたが、以下のケースを思い出しました。

 

 

 

掃除など生徒が嫌がるようなことでも進んでやってくれる子がクラスにいました。

 

私はありがたいと思っていたので、ほめたり感謝を伝えまくっていました。

 

合わせて勉強も頑張っていて、1人で残ってやっていました。

 

そんな姿を見て、またほめました。

 

そんなことが結構な期間続いていたのですが、ある日を境にその子は何事にも無気力になってしまいました。

 

今思い返すと、私がほめることをしなくなったからかもしれません。

 

その子がずっと頑張っていたので、頑張ることが当たり前になって私がほめることをしなくなったのです。

 

”近くにほめてくれる人がいなくなったら、やる気がなくなってしまう”ような経験をさせてしまったと反省しています。

 

 

第2段階”注目喚起”

 

この段階の目的は”とにかく目立つこと”です。

 

”ほめてもらうこと”が達成できないと、『ほめられなくてもいい!目立とう』というステップに進みます。

 

学校や社会のルールを破って”悪い子”として注目されることで、目的を達成しようとします。

 

学校で”問題行動”を起こす生徒は、ほとんどがこの段階ではないかと感じます。

 

 

 

この段階の子に、良いことと悪いことの分別について考えてもらうことって、難しいことだと考えています。

 

”自分が悪かったことは何か?”

 

”これからどうしていけば良いか?”

 

彼らには、このような問いは届きにくいのでしょう。

 

彼らの目的に目立つこと。

 

ルールを破って目立ち、先生に呼び出されて目立っています。

 

彼らの目標は達成されているので、もうそれ以上のことはどうでも良いのです。

 

先生が期待するような反省は行われません。

 

 

第3段階”権力争い”

 

この段階の目的は”わかりやすく反抗”することです。

 

『主導権はこちらにあるんだぜ!』と言わんばかりの態度を取ってきたりします。

 

先生への暴言なんかは、この段階に該当します。

 

また、私が学校でよく見る行動は、”先生が言う事を全て無視”です。

 

明らかに聞こえているのに、ずっとスマホいじっていたりします。

 

実際経験すると、結構ムカつきます笑

 

「幸せになる勇気」では、”同じ土俵に上がるな”と教えてくれています。

 

こちらが言えば言うほど彼らは反抗できるので、目的はバリバリ果たされます。

 

この段階に至った場合、生徒の態度に合わせてグイグイいくのはNG!

 

違うアプローチが必要となります。

 

 

第4段階”復讐”

 

この段階の目的は”相手が嫌がることを繰り返すこと”です。

 

正面きって反抗するようなことはなく、「憎しみ」の1点だけで繋がろうとする状態となります。

 

ストーカーは、この段階の例です。

 

「幸せになる勇気」の中では、この段階に達してしまった場合、学校の先生で対応するのは無理だとしています。

 

確かに、学校の先生だけで対応できるレベルではないと感じます。

 

1人で対応すること想像すると、単純に怖い!

 

絶対誰かに助けてほしいです!

 

 

第5段階”無能の証明”

 

自分の居場所を創るために色々試したけど、全てうまくいかないとこの第5段階に到達します。

この段階の目的は”自分が無能であることを、あらゆる手を使って証明すること”です。

 

 

 

”期待するのはやめてくれ”

 

”諦めた方が楽”

 

”もう傷つきたくない”

 

 

 

このような感情が湧き出て、目的を達成しようとします。

 

引きこもりは、この段階の例の1つです。

 

第4段階同様、学校の先生で対応できるレベルではありません。

 

専門家のサポートが必要となります。

 

 

必要なのは”反省”よりも”共感”

 

”問題行動”に対応していると、先生って結構メンタル結構やられます。

 

 

 

『なんでそんなことするんだ』

 

『なんで理解してくれないんだ』

 

『こんな忙しいときに!』

 

『私がちゃんと指導してなかったから、こうなっちゃったのか』

 

『これで本当に同じこと繰り返さないかな・・・』

 

 

もう色んなこと考えちゃいます。

 

家に帰ってきても、ずっと考えちゃうこともあります。

 

そして勝手にイライラしたりします。

 

 

 

このループから抜け出す方法は2つ!

 

①自分ではどうにもならないことは考えない

 

人間はつい色々余計なことまで考えてしまいがちです。

 

でも、自分ではどうしようもないことは、どうにもならないので考えるだけ無駄!

 

生徒がどう考えるかは、自分ではどうしようもないのです!

 

例えば、なんでそんなことしたかは、本人にしかわかりません。

 

今回の対応で本当に同じことを繰り返さないかも、わかりません。

 

やれることやったら、別のことを考えるのに時間を使いましょう。

 

 

 

②早くこの問題を解決する

 

学校って、”問題行動”を起こしてから「とりあえずこの件は一旦ここまで!」ってなるのに、結構時間がかかったりします。

 

本人に反省が見られるまで、先生たちは不安だからです。

 

何をもって反省したとするかすごく難しいところですが、私は生徒にいきなり”反省”を求めるって難しいことかなと考えます。

 

上記のように”問題行動”が目的を達成するためのものだとすると、”悪いこと”とわかっていてやっている、もしくは”悪いこと”という認識が全くないからです。

 

そういう子に”反省”を迫っても、

「えっ?なにを?」

「いや、反省することはないっす」ってなる感じがすごくわかります。

 

 

 

”反省”よりもまずは”共感”が必要だと今は考えます。

 

”問題行動”してしまった目的を先生が”共感”できないと話が前に進まないでしょう。

 

これが”反省”を考えることにつながり、問題解決の1番近道になると思います。

 

大人からすると「悪いことだってすぐわかるだろう!」という感情が前面に出てきて、”共感”することって本当に苦しいことになります。

 

「こんな気持ちに”共感”する必要ある?」みたいな。

 

でも、先生として”共感”する力は必要だし、”問題行動”を起こした生徒に対しては最善の方法であるはずです。

 

これからも先生やっていく一人として、このことを意識していこうと思います。

 

 

くぅー!

難しいことだなー!!

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